スポンサーリンク
小説

落日 湊かなえ

湊かなえさんの『落日』を読みました。

苦しい過去を背負う映画監督と脚本家。

「真実を描こう」

その決心をきっかけに、バラバラに見えた物語のピースが繋がりはじめます。

ラストの怒涛の伏線回収はお見事。湊かなえさんらしい作品でした。

どんなおはなし?

新人脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督長谷部香から、新作の相談を受けた。『笹塚町一家殺害事件』引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめた。15年前に起きた、判決も確定しているこの事件を手がけたいという。笹塚町は千尋の生まれ故郷だった。この事件を、香は何故撮りたいのか。千尋はどう向き合うのか。“真実”とは、“救い”とは、そして、“表現する”ということは。絶望の深淵を見た人々の祈りと再生の物語。(「BOOK」データベースより)

読んだ感想

「知りたい」を追求する映画監督・香と「見たい」ものを描く脚本家・千尋。

同じ表現者でありながら映画に対する向き合い方が違うのは、それぞれの人生が大きく影響していました。

香は映画好きの父との突然の死別後、精神の弱った母親から半ば虐待のような扱いをされた育ちました。祖母と暮らし始めた学生時代には、クラスメイトの自殺が香の精神を更に追い込みます。これらの簡単には理解し難いショッキングな他人の行動を目の当たりした経験により、香は大人になるまでに人の行動心理を知ろうとする精神を養わざるを得なかったように思えます。

一方、真実を知ることに恐れを抱くのは千尋。その背景には未だ受け入れられない姉の死がありました。姉にも落ち度がありうる事故の状況や加害者の責められない誠実な対応。真実を知れば知るほど、自分の感情をどこにぶつければよいのか分からなくなり、ずっと蓋をし続けてきました。心を擦り減らしたこの経験が千尋を臆病者にし、脚本家としても伸び悩む要因になっていったのでしょう。

そんな2人が映画の題材として扱うことになったのは、15年前の『笹塚町一家殺害事件』。

香は兄に殺された女子高生・沙良の幼少期のほんの一部を知っており、そのピースを頼りになぜ沙良は殺されたのか、その真実を追求しようとします。一方の千尋は故郷で起きたこの事件を今さら掘り返すことに意味を見出せず、やはりはじめは消極的。

しかし、香の映画に対する揺るぎない覚悟が千尋の心を徐々に動かします。

「実際に起きた事柄が事実、そこに感情が加わったものが真実。」
「裁判で公表されるのは事実のみでいいかもしれない。それでも人間の行動には必ず感情が伴っている。だから、映画監督として私は”真実”を描きたい」

香のこの言葉は、姉の事故以降、事実だけで人を判断できれば、裁ければ、どんなに楽かと考えてきた千尋にとって青天の霹靂でした。表現者としてやるべきことがあると千尋は自分の殻を破り始めます。

読者である私も、この物語から裁判や精神鑑定では弾き出されてしまう真実のピースが実に多くあることを知り驚きました。自分が見聞きしているニュースがいかに切り取られた内容であり、かつ、飲み込みやすいフレーズに色付けされたものであるかも改めて指摘された気がします。

そして、二人は『笹塚町一家殺害事件』を追うなかで、自分たちがずっと大きな勘違いをしていたことに気づき、自分の過去と改めて向き合うことになります。

登場人物みんなが大きな荷物が背負わされており、読んでいて気が重いです。しかし、それら一つ一つが伏線となっており、終盤きれいに回収されていく流れは見事です。ストーリーとして若干出来すぎ感はありますが、先が気になりどんどん読みすすめてしまう作品でした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました