小説

とにかくうちに帰ります 津村記久子

津村記久子さんの『とにかくうちに帰ります』を読了。

津村さんの作品は初めてでしたが、読み終えたいま、これはちょっと好みの作家さんに出会えたかもしれない、とワクワクした気持ちになっています。

淡々とした文章なのに、なぜこんなにも伝わるのか。

あるある、そうそう!が連発し、頷きながらページをどんどんめくる。そして、合間合間の嫌味や冷めた言い回しにクスっと笑いがこみあげます。

取り立てるほどでもないようなできごと、人に話してみたら案外面白さが半減してしまうようなエピソード。そういう日常のひとコマをきちんとネタに仕上げてしまうあたり、センスが光ります。人物描写も細かくありながら、目の付け所がおもしろい。こういうさりげない所作に人間性って表れてるんだよなぁと読みながらふむふむと納得させられました。

表題作の『とにかくうちに帰ります』は豪雨で交通手段を失い、歩いて帰路に向かう人たちを描いた物語。大雨のなかをひたすら歩き続けるシーンに大半のページを費やしているにも関わらず、そこにちゃんと人間ドラマがあります。冷たく、乱暴な雨の状況は目に浮かぶように描写され、投げやりな会話と不毛な思考が雨の煩わしさをさらに濃く物語っています。なかでも私が気に入った部分をメモ。

ポップコーンがレンジの中ではねているような音だ。というか、ポップコーンをレンジで作るよりも、雨に遭う回数の方が日常でははるかに多いわけだが、ハラはなぜかそう思った。(P112)
風雨の音に交じって、自分のレインブーツと足の間に溜まった水がたてる、べちゃ、べちゃ、という鈍臭い音が聴こえてくると、軽い吐き気のような不快感を催す。レインブーツの中に滑り込んだ雨は、瞬く間に生暖かくなり、不潔な温度でハラの足を覆う。(P157)
玄関についてレインコートを脱ぎ、化粧を落として床に座ったら、自分はしみじみ泣くだろう。そこにいることに、傘をささなくていいことに、屋根があることに。明日が休みだというのはきっと二の次だ。(P181)
思い出す。雨に濡れ、ぬかるんだ山道を無心で下ったとき、日常的であることがどれほど有難いかが身に染みた。屋根に守られ、清潔な空間でくつろげることが最高の贅沢であることを思い知った。読みながら、後半悪天候に見舞われた利尻山の思い出が蘇りました。
表題作の他にもいくつかの短編がありますが、わたしはフィギュアスケートの話が超絶に好みでした。
これを分かってくれる人と語らいたい。

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