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小説

この世にたやすい仕事はない  津村記久子

津村記久子さんの『この世にたやすい仕事はない』を読了。
おもしろおかしく読みながらも、働く意義や仕事への向き合い方を考えさせられた一冊です。

十数年続けたある仕事を燃え尽き症候群のような状態で辞めてしまった”私”の物語。リハビリを兼ね、派遣としてあらゆる職種を渡り歩きますが、始めてみては辞め、また別の仕事を始めてみては辞めの繰り返し。これだけ聞けば、彼女はただのダメ人間に思えます。

しかし、そうじゃない。
彼女はむしろ誠実でがんばり屋さんの貴重な人材なのです。

この物語には5つのマニアックな仕事が出てきます。「みはりのしごと」、「バスのアナウンスのしごと」、「おかきの袋のしごと」、「路地を訪ねるしごと」、「大きな森の小屋での簡単なしごと」。どれも”楽で単純な仕事”を依頼し、その条件に合うものを紹介してもらったものです。
なのに、どうして続かないのか。

それは一歩踏み込んでしまうから。

求められていることだけをやっていれば、決して難しくはない仕事。
なのに、彼女は気づいてしまう、感じてしまう、行動してしまうのです。
ほんの少しの違和感のなかに隠されたカラクリ、この仕事が存在する本当の理由。そして、受け持つ商品への愛や前任者へのリスペクト。

それらが仕事を厄介にし、自分を悩ませてしまうのです。
これはもう才能というしかない、と少し笑えてくるほど。

そして、彼女の魅力はもうひとつ。
それは決して誰かを否定しないことです。
どこの職場にもいろんなタイプの人間がいます。いい加減な仕事をする人や物事を正しく見れない人。あるいはプライドの高く融通が利かない人。そんな人がいても彼女はあまり呆れたりもイラ立ったりもしない。「この人はそういうタイプの人間だ」と割りきり、粛々と自分の職務を全うし、期待以上の成果を上げていきます。

そんな彼女が、どうしても苦手な人種と出会い、思わず拒否反応が出した場面がありました。

「‐かなり地に足を着けて会社に没頭して働いてみて、人も環境も悪くなかったのに、予期しないところから現れたものに揺さぶりをかけられることになって、自信を失っています。仕事をするぞって時に一般的に覚悟しているものとは、なんだか気質が違っていて」(P233)

ハローワークで彼女が弱音を漏らすこのシーンがとても好きです。
仕事の範囲であれば、不満もこぼさず責任を持って努めていた彼女が、自分の身が持たなそうな危険を察知すると、戦いを挑む前にスルスルと退散してしまう。その様子が彼女の性格をよく表してて面白い。またそんな様子に呆れもせず、いつも真剣に向き合ってくれるハローワークの正門さんのキャラクターもいい。

そして、彼女はこれら5つの仕事を渡り歩いた後、ある決断をします。
それが吉となるのか凶となるのかは誰もわかりません。
どんな仕事を選んでも、どんな環境に飛び込んでも、先に何が起こるのかはわからない。ただ、全力を尽くすのみだと覚悟を決めた姿はどこか清々しい。

きっと彼女はこれからも悩むでしょう。人一倍に疲れる生き方かもしれない。
ただ、本当の意味で人一倍人生を楽しんでいるような気もします。

自分も仕事に対して、そして自分が敬う人に対して、誠実でありたいと感じました。

また、この世になかには色んな仕事が存在し、それぞれの存在意義や社会とのつながりが複雑に絡み合っていることを教えられ、目で見えていることだけが全てではないんだなあと勉強になりました。

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