浅田次郎さんの『おもかげ』を読了。
ずっと蓋をしてきた自分の満たされない想いが死を目前にして溢れだす。
過酷な道ながらも、ひたすら前を向き歩んできたひとりの男の人生がそこにはありました。
生死のさまよいと不思議な旅
エリート会社員として定年まで勤め上げた竹脇は、送別会の帰りに地下鉄で倒れ意識を失う。家族や友が次々に見舞いに訪れる中、竹脇の心は外へとさまよい出し、忘れていたさまざまな記憶が呼び起こされる。孤独な幼少期、幼くして亡くした息子、そして・・・・・・。涙なくして読めない至高の最終章。著者会心の傑作。(本書裏表紙より)
この男が本当に望むものとは
「あんた、できすぎだぜ」。そうこぼす隣の入院患者・カッちゃんの言葉とおり、この主人公である竹脇正一は大した男だと思います。恵まれない環境で育ちながらも、大学まで卒業し、一流の会社で出世、そして自分の家庭も築いた。見舞いに訪れる家族や友人の視点で語られる正一の姿からも、彼の人間性が十分に伝わり、寡黙ながらも彼が周囲へ放つ影響力は小さくなかったことが覗えます。
しかし、続く正一自身の目線の章を読み進めると、また少し違った彼の姿が見えてきます。
がむしゃらに真っすぐ前だけを向き、生きてきた人生。後ろを振り向いたって仕方ない、そう心に決めたものの、進んでも進んでも満たされないものがありました。
それは、やはり自分の出自に対するものでした。
誰もが一度は自分が何者かと考える人生のなかで、親がいない正一はどれほど自分の足元の頼りなさに震えたことでしょう。戦炎孤児という立場で必死に生きてきた峰子が正一にかける言葉。「みんなが不幸なときの不幸と、みんなが幸福なときの不幸はちがう」この言葉に涙が止まらなくなった正一の姿に、やはり彼のこれまでの人生が並大抵の苦労ではなかったことが思い知らされました。
生死をさまようなかで、自分が本当に追い求めていたものを探す旅。その不思議な旅のなかでやっと自分の人生を肯定することができた正一。そして、そのきっかけとなった3人の女性の出会いの意味とは。ファンタジーでありながらも、非常に味わい深い内容でした。
これからの正一の人生がより濃く彩ることを心から願います。
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