高田郁さんといえば、「みをつくし料理帖」が代表作ですよね。全10巻の長編シリーズではありますが、続きが気になりページをめくる手を止められない!今回はそんな一気読み不可避の高田郁さんの『銀二貫』を紹介します。私が時代小説に足を踏み入れるきっかけとなった本です。
苦難に見舞われながらも寒天作りを志す、その先には・・・
大坂天満の寒天問屋の主・和助は、仇討ちで父を亡くした鶴之輔を銀二貫で救う。大火で焼失した天満宮再建のための大金だった。引きとられ松吉と改めた少年は、商人の厳しい躾と生活に耐えていく。料理人嘉平と愛娘真帆ら情深い人々に支えられ、松吉は新たな寒天作りを志すが、またもや大火が町を襲い、真帆は顔半面に火傷を負い姿を消す…。 (本書裏表紙より)
商人としての信用とは
「商人が何よりも大事にせなあかんのは、他人さんの自分に対する信用とは違う。暖簾に対する信用なんや。奉公人が己の信用を守るために実を通して暖簾に傷がつくのんと、己の信用は無うなっても、暖簾に対する信用が揺るがんのと、どっちが商人として真っ当か、よう考えてみ」(P61)
丁稚として寒天問屋・井川屋で働くことになった松吉が商人としての矜持を諭されるシーンです。ある噂を耳にした顔馴染みの客から在らぬ疑いを投げかけられた松吉。松吉は理路整然とその誤解を解き、客は疑ったことを詫び、このことは忘れて欲しいと懇願します。松吉は約束通り、和助にも報告せず、この一件をなかったことにしました。しかし、その噂は既に町じゅうに広がっており、結局、誤解を解く店としての対応が遅れてしまったのです。
実を守って違わぬことを信というー亡き父から教えられた「近思録」に忠実に従った松吉ですが、この和助のことばで商人としての信とは何かを胸に突き付けられました。まだ幼い松吉を抱きしめたくなるような場面です。しかし、和助は叱責で済ますのではなく、噂の原因究明から解決までの過程を全て松吉に同行させ、背中で商人としてのふるまいを背中で語るのです。その愛ある教えに胸が熱くなります。
まるで、壮大な日本昔話を読んだよう
この物語の肝は”銀二貫”にあります。和助が銀二貫を差し出し、少年(後の松吉)の命を救い、そこから、もう一度天満宮再建のための銀二貫という大金を工面していくのですが、その道のりは果てしなく険しい。その苦労を追っていくことに夢中で、そもそも序盤に銀二貫を手にした武士がその後どう生きたかなど、読者である私は頭の隅にもなかったのですが、さすがは高田郁!終盤で何を仕掛けてくるのだか!
ありがたかった、松吉はありがたくてならなかった。涙が後から後から溢れて、松吉はとうとう耐えられずに畦道に突っ伏して泣いた。二十九年生きて、全てが報われ、赦されたように思った。(P304)
このシーンで涙が止まらないです。人情と世の巡り合わせから教訓を得ると同時に、物語の構成にあっぱれです。最後の和助と善次郎の会話もグッときますね。
高田郁ワールドを味わってほしい
やはり高田郁さんの小説は気持ちがいい。苦しい環境のなかで、ひたむきに努力を重ねる人々の情熱と愛に心打たれるとともに、物事の道理を教えてくれる作品です。テンポがよく、あれよあれよといろんな事が起こるのに、描写が丁寧で当時の状況が目に浮かんでくるのです。時代小説に抵抗を感じている方も絶対に引き込まれること間違いなし。
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