長月天音さんのキッチン常夜灯を読みました。
シリーズもので、『キッチン常夜灯』、『キッチン常夜灯 真夜中のクロックムッシュ』、『キッチン常夜灯 ほろ酔いのタルトタタン』の全3巻です。
装丁の原倫子さんのイラストもすごく素敵です。
どんなおはなし?
街の路地裏で夜から朝にかけてオープンする“キッチン常夜灯”。チェーン系レストラン店長のみもざにとって、昼間の戦闘モードをオフにし、素の自分に戻れる大切な場所だ。店の常連になってから不眠症も怖くない。農夫風ポタージュ、赤ワインと楽しむシャルキュトリー、ご褒美の仔羊料理、アップルパイなど心から食べたい物だけ味わう至福の時間。寡黙なシェフが作る一皿は、疲れた心をほぐして、明日への元気をくれる――共感と美味しさ溢れる温かな物語。(本書公式紹介文より)
読んだ感想
人生に行き詰った人が、ひょんなことから隠れ家的な料理屋にたどり着き、心を取り戻すーー
そんなストーリーは割とよく見かけます。ですが、『キッチン常夜灯』シリーズがおもしろいのは、「行き詰まった側」もまた飲食業界の人間であるという点です。
3作すべての主人公は、飲食チェーン店「シリウス」で働くアラサー女性。彼女たちはそれぞれ、会社の経営方針に振り回されたり、組織の人事や人間関係に悩み、心が折れそうになっている。そんなときに、順々に引き合わされる場所がある。それが、シェフとソムリエのたった2人で切り盛りしている小さなレストラン、「キッチン常夜灯」です。
チェーン店と個人店。同じ飲食業界でも、その形態は全く異なります。それでも、”お客様のために料理を提供する”という根っこの部分は共通している。キッチン常夜灯の優しい料理を口にした主人公たちは、自分にも、まだできることがあるのではないかと立ち上がっていきます。
私はお仕事小説が好きです。外側からは見えないその業界ならではの慣習や空気感、そして、そこで働く人たちの細かな業務や感覚を知ることができ、とてもおもしろいです。今回、飲食チェーン店を舞台にした小説を読むのは初めてだったのですが、なるほど、客としては知り得ない、店長の名もなき業務や本社勤務のアウェイ感、また工場勤務のリアルな体制まで、さまざまな要素が盛り込まれていました。
また、アラサー女性のお仕事小説というと、結婚や出産といった人生の岐路と仕事の折り合いに悩むという筋書きが王道ですが、このシリーズはその要素は控えめ。むしろ、中堅どころに差し掛かる年代ならではの不安や苦悩に焦点が当てられていて新鮮でした。
なぜ自分はここにいるのか。組織のなかで自分の存在意義に悩みながらも、置かれた場所で咲いてやろうと模索する主人公たちはとてもエネリギッシュで魅力的。読んでいる自分まで元気がもらえる、そんな物語でした。
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