なかなかおもしろかったです!原宏一さんの『握る男』。
寿司見習いから外食産業の天下を目指す、ひとりの男の成り上がりの物語です。
時代は昭和56年。寿司職人の見習いとして働いていた金森のもとに弟弟子がやってきました。彼はまだ幼さ残る16歳ですが、頭の回転も速く、手先も器用。テキパキと仕事をさばいてく様はまさに烏賊の足。まわりから”ゲソ”とあだ名され、その愛嬌の良さから客の間でもすぐに人気者になります。
しかしこの男、実はとんでもない野心を抱いていたのです。
それはこの国の”食”を牛耳る立場になる、というとてつもないもの。そして、その下準備として最初に目をつけられたのが金森でした。物語はこの金森の視点から描かれていいきます。そのため、読み手にはゲソの心の内を知ることはできません。そこがまた不気味で憎い。
目的のためなら手段は選ばないゲソのやり方はめちゃくちゃです。いかに人の弱みを握り、自分の支配下に置くか。金森は冷酷なゲソ理論に恐れながらも、次から次へと繰り広げられるビジネス戦略に度肝を抜かれるとともに、それが見事に的中していく様子に圧倒され、ゲソの傍から離れらなくなります。例えば、予約受付を月に1回にし希少価値を高める、高級店のブランドを確立した段階でカジュアル店を展開、などなど。最近ではよく見かけるシステムですね。私たちは料理の質とは別のところで知らず知らずに踊らされているんだなあと飲食業界のカラクリみたいなものも見えておもしろかったです。
さて、どんどん展開していく物語に目が離せないのは、見事なゲソ戦法に関心を抱くからだけではありません。この物語、実は刑務所に入った金森が新聞でゲソの自殺を知るシーンから始まります。
あれほど天下に拘り、他人に一切の隙も与えることなく着実にのし上がっていったゲソがどうしてそんな最期を迎えるのか。そして金森はどうして刑務所にいるのか。その疑問を最後まで頭に置きながら読み進めていくことになり、緊張が続きます。
ゲソという人間が何に執着し一人戦っていたのか。心の内に隠された孤独を知ったとき、私は彼の生き様に天晴!という気持ちが込みあげてきました。
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