津村作品の最新刊、『サキの忘れ物』を読みました。
津村さんの作風がやっぱり好きだと再確認。文体や表現、場面の切り取り方が毎度ツボにハマります。
本書は表題作の『サキの忘れ物』をはじめとする短編集です。どれも独特な世界観でありながら、きちんと共感を与えてくれるので、物語の世界にどんどん引き込まれていきます。
いくつかピックアップして、少しずつ感想を綴ります。
『サキの忘れ物』
私は本との出会いはとても運命的なものと考えます。それが人を介してのものなら、なおさらです。あの時、あのタイミングで、あの人と出会ったことで、いま私はこの本を読み、こういうことを感じている。その流れはとても尊いものです。
この物語はそういうちょっとした御縁のようなものを描いたもの。決して出来すぎたストーリーではなく、小さなきっかけを大事に紡いでいったお話です。普段は気にも留めないこと、素通りしてしまうようなことに立ち止まる。そこには何か理由があり、振り返ってみたときに大切な御縁であったことに気づきます。
『行列』
一体これは何の行列なのか。それは最後まで明かされません。しかし、行列を作り出す主催者側の運営やその行列に並ぶ人間の心情や行為、さらに起こりうる事態がとてもリアルでおもしろい。行列という状況だけにスポットを当て、その先にみたものを表現してしまうのだからすごいです。
『Sさんの再訪』
これも実におもしろかったです。非常に短い物語でありながら、主人公の長年の葛藤が覗えます。そして、ふと肩の力が抜ける瞬間に涙が出そうになります。自分が解き放たれるきっかけなど、他人から見ればあまりにも単純なことだったりするものですが、それを当事者ではない読み手に実感させるのは難しいはず。その単純かつ難解な場面を僅か数ページで絶妙に表現しています。
『隣のビル』
会社の窓から見える隣のビルに思いを巡らすことから始まる物語です。あっちの世界にはどんな人がいるのだろう。どんな日常が繰り広げられているのだろう。
これは私も考えたことあります。
隣り合う場所にいるにも関わらず、建物が違うというだけで交わり合うことのない世界。あちらにはあちらの人間関係が広がっていて、こちらとは全然違う、あるいは似たような毎日が繰り返されているのだろう。あちらから私たちはどのように映っているのだろうか。
そんな空想を巡らせたことがある人なら、なお楽しめるはず。
自分が今いる環境を辛く感じるのなら考えてみるのです。すぐそばには全く別の世界が広がっていて、逃げ道なんてどこにでもあることを。
上に挙げた物語以外も絶品です。子どもの頃の感覚に戻れるような話やなんだかトリッキーな構成のものなど、個性溢れる作品が一冊に凝縮されており、とても充実した一冊。オススメです。
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