小説

なずな 堀江敏幸

堀江敏幸さんの「なずな」を読みました。

いま自分が真っ只中にある育児という経験が何物にも代えがたい貴重なものであるということを実感させてくれました。

とある事情から、赤ん坊との暮らしが始まる

新聞記者の私はやむない事情から弟夫婦の子、なずなを預かることになった。四十代半ば独身の私にとっては、生後二ヶ月の赤ん坊を相手にミルクをあげるのもおむつを替えるのも未知の体験。何気ない仕草や発声に様々な発見をしながら、ジンゴロ先生や友栄さんら周囲の温かい人々に見守られて、私はなずなとの暮らしを始める。生命の瑞々しさに溢れた育児小説。(本書裏表紙より抜粋)

赤ん坊がここに存在している、それだけで世界は変わる

 この小説は自分の子でない子どもを育てることの苦悩や葛藤、あるいは男手ひとつで育児をすることの大変さにはスポットを当ててはいません。ただただ小さな命を慈しみ、育児という尊い役目を果たすその様子を淡々と綴る物語です。

 赤ん坊がここに存在する。それだけで周りに人が集まり、日常の景色すら変わっていきます。世界の中心がどんどん赤ん坊になって動いていく。小さな命の莫大なエネルギーを確かに感じながら、主人公の毎日はただ続いていくのです。地方紙の新聞記者という主人公の仕事が赤ん坊のなずながもたらす変化を絶妙に表していると思いました。モノをみる視点や人との交流など、なずなを介することで広がり、深まっていく様子が自然に伝わってきます。

飲む、寝る、出すを繰り返すだけの赤ん坊に尊敬の念を抱きながら触れ合う主人公の姿がとても神聖なしたものに映りました。

「ぼくがここに」まど・みちお

作中にはまど・みちおさんの詩が引用されています。「ぼくが ここに」という詩です。

”かけがえのない存在”という言葉よりももっと根本的で自然なことを教えてくれます。一人ひとり、地球上のすべてのものが存在を認められ、かさなることはできない。

なずなと我が娘を重ね、この詩を何度も読みました。

「ぼくが ここに」 まど・みちお

 

ぼくが ここに いるとき

ほかの どんなものも

ぼくに かさなって

ここに いることは できない

 

もしも ゾウが ここに いるならば

そのゾウだけ

マメが いるならば

その一つぶの マメだけ

しか ここに いることは できない

ああ このちきゅうの うえでは

こんなに だいじに

まもられているのだ

どんなものが どんなところに

いるときにも

 

その「いること」こそが

なににも まして

すばらしいこと として

 

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